楽園追放

 


目次

◆天地創造
◆アダムの創造
◆女の創造
◆蛇の誘惑
◆楽園追放
◆楽園追放
◆カインとアベル
◆ノアの箱舟
◆大洪水
◆鳩を放つ(ミレイ)
◆鳩を放つ(ドレ)
◆ノアの祭壇
◆受胎告知
◆羊飼いの礼拝
◆東方三博士の旅
◆三博士の礼拝
◆エルサレム入城
◆弟子の足を洗うキリスト
◆最後の晩餐
◆ゲッセマネの祈り
◆聖衣剥奪
◆十字架の下での悲しみ
◆十字架降下
◆我に触れるな
◆キリストの洗礼1
◆キリストの洗礼2
◆悪魔の誘惑
◆ペテロとアンデレの召命
◆マタイの召命

日本聖書協会発行『アートバイブル』より
『アートバイブル』の絵の使用については、当サイトより日本聖書協会に申請をして、同協会より許諾を得ています。」2007N10010 ●聖書からの黙想は、:坂野慧吉著「創世記」『新聖書講解シリーズ:旧約1」(いのちのことば社発行):を参照しています。

「名画で巡る聖書の旅」

バイブル・アンド・アート・ミニストリーズ / 代表 町田 俊之

■第6回 マザッチオの「楽園追放」
(1424-27年、サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂、ブランカッチ礼拝堂)

4、楽園追放 <アートバイブル:p.20>
◆ 聖書箇所

  主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木から取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」
  主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。          ー創世記3章20〜24節ー

◆聖書からの黙想

 神がアダムとエバをエデンの園から追放されたのは、人が本当にいのちを得るためには神のさばきを体験しなければならなかったからでしょう。なぜなら、神が善を愛し悪を憎まれるのに対して、人は善を憎み、悪を愛するようになったからです。
  神は人を楽園から追放し、そのことによって人が自分の限界と罪とを知り、悔い改めて神に立ち返り、永遠のいのちを得ることを可能にされたのです。
  神は罪に対しては厳然たるさばきを表わしていますが、神のさばきなしには、また神の救いもないからなのです。神のさばきを避けて神の愛と救いを求めるのは間違った行為であり、神のさばきがあるからこそ、キリストの十字架の身代わりの死の必要性が導かれてくるのです。

◆ マザッチオの芸術
1、マザッチオ(1401〜28年)について
  マザッチオはルネサンス絵画の開拓者として、同時代、そして後世の画家たちに絶大な影響を及ぼしました。彼は若くしてフィレンツェで活躍し、20歳で独立した画家として登録されました。彼の創作期間はとても短く、フィレンツェで26歳の若さで生涯を終えますが、彼の偉大な業績は、現実の空間や人間を現実に存在するように描くことであり、言い替えれば、科学と自然の法則に従っている現実の空間や人間のフォルムを遠近法を用いて表現することでした。それは、それまでの表現にはないものであり、遠近法はルネサンス美術の最大の特徴でもありました。

2、サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂ブランカッチ礼拝堂の壁画
  ブランカッチ礼拝堂の壁画は、マザッチオのフレスコ画による最大の仕事でありました。1472年の夏、マゾリーノとともに礼拝堂のフレスコ画に着手しましたが、しばらくするとマゾリーノがローマに呼ばれ、マザッチオが一連の物語り絵を制作しました。後生のあらゆる画家がこの聖堂に来て、マザッチオの革新的な表現法を学び、写生や模写をしたそうです・・・フラ・アンジェリコ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどのルネサンスの巨匠たちが含まれています。

3、「楽園追放」の表現
  神により楽園(エデンの園)から、追放されたアダムとエヴァの図ですが、人間の犯した罪の大きさと、それゆえの悲劇、深い悲しみ、絶望感がかつて描かれなかったほどに、見事に表現されています。前回見ましたミケランジェロの「楽園追放」の絵のヒントは、実はこのマザッチオの描いた図からのものであり、ルネサンス時代の巨匠の一人ミケランジェロは、約80年前にすでに描かれているこのブランカッチ礼拝堂にスケッチに訪れており、この時の感動がシスティーナ礼拝堂の天上画に影響を及ぼしていることがわかります。

 

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