聖衣剥奪

 


目次

◆天地創造
◆アダムの創造
◆女の創造
◆蛇の誘惑
◆楽園追放
◆楽園追放
◆カインとアベル
◆ノアの箱舟
◆大洪水
◆鳩を放つ(ミレイ)
◆鳩を放つ(ドレ)
◆ノアの祭壇
◆受胎告知
◆羊飼いの礼拝
◆東方三博士の旅
◆三博士の礼拝
◆エルサレム入城
◆弟子の足を洗うキリスト
◆最後の晩餐
◆ゲッセマネの祈り
◆聖衣剥奪
◆十字架の下での悲しみ
◆十字架降下
◆我に触れるな
◆キリストの洗礼1
◆キリストの洗礼2
◆悪魔の誘惑
◆ペテロとアンデレの召命
◆マタイの召命

日本聖書協会発行『アートバイブル』より
『アートバイブル』の絵の使用については、当サイトより日本聖書協会に申請をして、同協会より許諾を得ています。」2007N10010 ●聖書からの黙想は、:坂野慧吉著「創世記」『新聖書講解シリーズ:旧約1」(いのちのことば社発行):を参照しています。

「名画で巡る聖書の旅」

バイブル・アンド・アート・ミニストリーズ / 代表 町田 俊之

■第22回 グリューネヴァルトの「十字架の下での悲しみ」
        (1502年、スイス、バーゼル美術館)

22、グリューネヴァルトの「十字架の下での悲しみ」

◆ 聖書箇所

 さて、12時になったとき、全地が暗くなって、午後3時まで続いた。そして、3時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。それは訳すと、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そばに立っていた幾人かが、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる。」と言った。すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。」それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった。」と言った。また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリアと、小ヤコブとヨセフの母マリアと、またサロメもいた。イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。        −マルコ 15章33〜41節−

                         

◆聖書からの黙想

・ イエスが十字架につけられた時、他の二人の強盗も十字架につけられて処刑された。道行く者も、ユダヤ人の指導者も、そして十字架につけられた強盗までもイエスをののしった。イエスは何と言われてののしられても少しも反論しなかった。罪人の罪を身代わりに背負って、その刑罰にじっと耐えておられた。
・ 「全地が暗くなった」のは、神が罪に対して審判を行うことを意味するものである。イエスは今、全人類の罪を身代わりに背負って、その刑罰を受けている。神の子イエスは、この罪の刑罰のために、一時的に父なる神から見捨てられたのである。これは詩篇22:1節の成就であった。イエスは、まさに罪人の一人とみなされたのであった。人々は、イエスが「エリ、エリ」と叫んだのを聞いて、エリヤを呼んでいるのだと思う者もいた。
・ イエスが十字架につかれているのをじっと見つめていた人物がいた。それはローマの百人隊長であった。彼はイエスを十字架につける側にいた者であったが、十字架上のイエスの立ち振る舞いを見て、このお方こそ神の子の姿であることを悟った。彼は異邦人であったが・・・・・・
  霊の目が彼を悟らせたのである。
・神殿の幕が上から下まで真二つに裂けたことは、これまで神と人とが罪によって隔てられていたことが、イエスの十字架によって、その隔てが壊されて、神と人との関係がもう一度回復されたことを意味している。イエスの十字架の出来事は、人類の歴史上最も重要な、また必要な出来事であったのである。

◆絵画からの瞑想

・ ついにイエスは十字架につけられます。そして十字架の上で息を引き取られるのです。十字架の下には、イエスの母マリア、マグダラのマリア、そして他のマリア、また弟子のヨハネが描かれています。キリストが亡くなったことに大きな悲しみを抱え、途方に暮れているようです。背景は暗やみの世界が描かれていて、その悲しみをさらに大きなものにしています。
・ 作者のグリューネヴァルトはドイツの画家であり、年代的にはイタリアではルネサンス様式の最盛期であり、遠近法が発達し、写実的、空間的な描写が特徴ですが、ドイツはまだ中世的な表現が残っておりました。また気質的にもイタリアの明るい色彩ではなく、全体に暗い色調が特徴的です。
・ また、イエスの体を見ると無数の傷がつけられており、イタリアで見る十字架像とは違いがあります。これは当時のヨーロッパに流行ったペストの病気の特徴が表われているといわれ、イエスこそ人々の病いを負ったお方であることを示しています。
・ イエスの頭上にはINRIの文字が見えますが、これはイエスが十字架にかかった罪状書きの
  頭文字をとったものです。「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」の意味があります。(ヨハネ
  19:19、20) これは罪状書きでありながら、皮肉にもイエスの本来の姿をも表わし
  ていることばでありました。
・ この十字架上のイエスを間近で見ていたローマの兵士である百人隊長は、大いなる悩みと苦 しみの中で、最後まで神への信仰を持ち、また自分の敵である者たちを赦したイエスの姿に 感動し、「この方は、まことに神の子であった。」と語ります。(文字に書かれている) ユダヤ人でなく、異邦人であるローマの兵士でさえ、イエスは神が遣わされたお方であることを  悟ることができたのです。イエスは、死に臨んでも、なお人々を神の国に招き続けたお方で  ありました。

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