十字架降下

 


目次

◆天地創造
◆アダムの創造
◆女の創造
◆蛇の誘惑
◆楽園追放
◆楽園追放
◆カインとアベル
◆ノアの箱舟
◆大洪水
◆鳩を放つ(ミレイ)
◆鳩を放つ(ドレ)
◆ノアの祭壇
◆受胎告知
◆羊飼いの礼拝
◆東方三博士の旅
◆三博士の礼拝
◆エルサレム入城
◆弟子の足を洗うキリスト
◆最後の晩餐
◆ゲッセマネの祈り
◆聖衣剥奪
◆十字架の下での悲しみ
◆十字架降下
◆我に触れるな
◆キリストの洗礼1
◆キリストの洗礼2
◆悪魔の誘惑
◆ペテロとアンデレの召命
◆マタイの召命

日本聖書協会発行『アートバイブル』より
『アートバイブル』の絵の使用については、当サイトより日本聖書協会に申請をして、同協会より許諾を得ています。」2007N10010 ●聖書からの黙想は、:坂野慧吉著「創世記」『新聖書講解シリーズ:旧約1」(いのちのことば社発行):を参照しています。

「名画で巡る聖書の旅」

バイブル・アンド・アート・ミニストリーズ / 代表 町田 俊之

■第24回 フラ・アンジェリコの「我に触れるな」(1435年、マドリード、プラド美術館)

24、フラ・アンジェリコの「我に触れるな」

◆ 聖書箇所

 しかし、マリアは外で墓のところにたたずんで泣いていた。そして、泣きながら、からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。すると、ふたりの御使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、ひとりは頭のところに、ひとりは足のところに、白い衣をまとってすわっているのが見えた。彼らは彼女に言った。「なぜ泣いているのですか。」彼女は言った。「だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私にはわからないのです。」
  彼女はこう言ってから、うしろを振り向いた。すると、イエスが立っておられるのを見た。しかし、彼女にはイエスであることがわからなかった。イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを探しているのですか。」彼女は、それを園の管理人だと思って言った。「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。そうすれば私が引き取ります。」
  イエスは彼女に言われた。「マリア。」彼女は振り向いて、ヘブル語で、「ラボニ(すなわち、先生)。」とイエスに言った。イエスは彼女に言われた。「わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに『わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る。』と告げなさい。
  マグダラのマリアは、行って、「私は主にお目にかかりました。」と言い、また、主が彼女にこれらのことを話されたと弟子たちに告げた。    −ヨハネ20:11〜18節−

◆聖書からの黙想

 イエスを最後まで慕っていたマグダラのマリアは、イエスの遺体が納められている墓に出かけて行きました。そして、イエスの死を思い、深い悲しみに沈んでいると、復活したイエスがマリアに声を掛けました。しかしマリアは、その声が園の管理者だと勘違いします。そこで、イエスは「マリア」と名前で呼ばれると、マリアはその声がイエスであることを直感的に悟り、「ラボニ(先生)」と応え、イエスの足もとにすがりつきました。
  イエスは、寄りすがっているマリアに対し、すぐに弟子たちに自分が復活したことを伝えるように命じられます。そして、マリアはイエスの居るところから離れて、弟子たちのところに出かけてゆき、イエスの復活を伝えるのです。
  復活したイエスが最初にご自身を現わされたのは、弟子たちではなく、最後まで自分を慕い、付き従っていたマグダラのマリアでした。マリアにとって十字架につけられたイエスを自分の目で見ることは耐えられない程の悲しみでしたが、今、そのイエスが復活したことを自分の目で確認することができ、その悲しみが喜びに変えられました。そして、イエスは、マリアに新しい使命を与えられ、復活の証人として弟子たちのところに遣わされました。

◆絵画からの瞑想

・ 復活したイエスがご自分の肩に持っているのは、マリアが園の管理者と間違えたことを表わす農具である釜が描かれています。この小物によって作者はどのような場面であるかを表わしています。そして、イエスはご自分に付いてこようとしているマリアを制している姿で描かれていますが、私に従って来るのではなく、弟子たちにご自分が復活したことを伝えるように命じようとしているところです。
・ サン・マルコ修道院の中の僧房の一室に壁画(フレスコ)として描かれたこの絵は、空間表現と植物の詳細な描写と、イエスとマリアの人間的な表情の中に、復活の喜びが静かに描かれ、イエスとマリアの師弟愛、そして尚、マリアに使命を与えようとするイエスの強い意志も感じられ、神と自然と人間との豊かな調和の素晴らしさを感じさせるものです。
・ 絵の左側に描かれている墓の中の暗やみから外に出ると明るい光に包まれた世界が存在し、この世界の二つの現実、闇と光の世界があることを暗示しています。そして、イエスは闇に勝利し、光なるお方として私たちをもこの世界に遣わしてくださるのです。

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